いなげやのレジ待ちで、突如出会った強烈キャラおじさんとの即興劇

夕方、ぽっかりと時間が空いた。
「今日、手巻き寿司食べたい」
妻のマミちゃんとのそんな会話から、いつものOKストアではなく、近所のスーパー「いなげや」へ買い出しに出かけることになった。いなげやには、我々を惹きつける手巻き寿司セットがあるのだ。

手巻き寿司のネタはもちろん、あれこれと食料をカゴに放り込み、いざレジへ。
夕暮れどきにしては珍しく、レジはそれほど混んでいない。数人が列を作っている程度。ワタリもその最後尾につく。

「あ、お酒! ウイスキーどうする?」
マミちゃんが思い出したように声をかけてきた。
そうだった。我が家のハイボール用ウイスキーが、ちょうど切れていたのだ。
二人ともお酒が好きで、特にハイボールは常備品。
さっきチラッと見たら、いつも買っている750mlのものよりさらに大きい2リットルサイズがお買い得になっていた。よし、今日はそっちを買っちゃおう!

「じゃあ、お願い!」
ワタリはレジ列に残ったまま、マミちゃんはウイスキー売り場へと姿を消した。

ワタリの前に並んでいるのは、男性がひとり。そのさらに前の人のカゴは、山盛りの商品でいっぱいだった。
こりゃ、しばらく時間がかかりそうだ…。
手持ち無沙汰に、レジ横の棚に陳列されたお米を眺める。
玄米か…最近、高いんだよなぁ、なんて思いながら、一袋手に取ってみた。

その、刹那。

「あ!?おコメねェ! 高いよねぇぇ!!!」

一瞬、思考が停止した。え、ここ、ステージだっけ? いま、なんかパフォーマンス中?
全身で浴びるような大音量を感じた。

声のした方を恐る恐る見ると、そこには、おじさんが立っていた。
しかも、びっくりするくらい近い。さっきまで隣にいたマミちゃんよりも近い。
え、夫婦のパーソナルスペースより近い距離に、見ず知らずのおじさん…だと…!?

衝撃で身体が固まるのを感じた、エマージェンシーだと身体が反応している。
しかし、固まってしまったらやられる。
28年間培ってきたインプロ魂を結集させ、ワタリは努めて冷静に、涼しい顔でこう返した。

「あ〜…高い、ですよねぇ」

……インプロ魂、オウム返ししか仕事してない。自分でもびっくりだ。

「びっくりするよ! おコメ! 高いんだもん! 買えないよねぇ!!!」

あれ? さっきより…近くない?
インプロで「相手と一緒にいること」をあれほど訓練してきたはずのワタリが、知らぬ間に、ぐいぐいと間合いを詰められている…だと!?
その距離、メンチを切り合うヤンキーたち。
その緊迫感、試合直前に顔を突き合わせるボクサーたち。

そして、その距離になって気づいてしまったことがある。おじさんの武器は、声量だけではない。
彼の口からは、昭和のタバコ「わかば」を煮詰めたような、濃厚な香りがふわりと漂ってくる…。
もう、思考がうまく回らない。ワタリ…いま…どこに…?

ワタリのそんな混乱などお構いなしに、おじさんのトークは止まらない。

「洗剤も高いよ! 何が高いと思う!? アリエールだよ!!!」

アリエール…? なんだその呪文は。意識が朦朧としてくる。
それでもワタリは、なぜかこう返していた。

「ですよねぇ〜。もう、なんでもかんでも高いですよねぇ〜」

まるで、意識を失ったボクサーが無意識にワンツーを繰り出すかのように。
ワタリの口は、おじさんのハイテンションに合わせ、無意識に言葉を紡ぎ続けていた。
先日開催された井上尚弥とラモン・カルデナスの試合の名レフェリーがいたなら、もう試合終了。
ワタリを抱きかかえ「もう戦わなくていいよ」と言わんばかりに背中をポンポンとタップしてくれただろう。
ワタリの足は、とっくにガクガクだ。

しかし、ここにはレフェリーはいない。
レフェリー…はっ! マミちゃんは!?

そうだ、もう少ししたらマミちゃんが帰ってくる。
しかも、あの大きなウイスキーボトルを持って。
そんなものを持っていたら、おじさんのテンションがさらにブーストされるに違いない。
パワーアップアイテムを与えてしまう!

いかん、なんとかこの状況をマミちゃんに知らせねば…!
そう思った矢先、大きなウイスキーを抱えたマミちゃんが、小走りでこちらへやって来るのが見えた。

時すでに遅し。
マミちゃんが僕とおじさんの異様な距離感に気づいたのは、すでにおじさんのテリトリー内だった。

「あれ? 奥さん?」

おじさんの視線が、マミちゃんをロックオンする。
レジは、まだ終わらない。絶望的な状況だ。

しかし、さすが我が妻。おじさんに悟られないように半歩さがりつつ、ニコニコと笑顔で応戦する。
「そうです〜」

「イイ女だねぇ!」

いなげやで「イイ女」が響きわたった。
このフレーズ、おじさん世代以外で口にする人、今いるんだろうか。今日日なかなか聞かないフレーズ。

おじさんのストレートな褒め言葉(?)に対し、
ワタリ「でしょ」
マミちゃん「そうなんですよ〜」
二人そろって、謙遜という奥ゆかしいジャパニーズ文化をガン無視したレスポンス。
我ながら、なかなかのコンビネーションだ。
どうだ?おじさんだってこんな対応してくる人はファイルにないだろう?!

おじさんの反応をみる。
マミちゃんを見ていたはずのおじさんは、すでにワタリのほうを向いていた。
あれ?いつの間に?

「結婚して何年!?」

え、いなげやで「新婚さんいらっしゃい!」が始まるだと?
さっきのコンビネーションが1ミリも効いてないことと、唐突なる質問に動揺し
「えーっと、11年? あれ、13年だっけ?」と口ごもる僕たち夫婦。

するとおじさん、なぜか確信に満ちた顔で、

「50年になったらお祝いする?」

…50年? なんで急に50年? なんかの伏線か?
そんなことを考える間もない。
何かを回避しないと、大きなパンチが飛んでくるぞ!
動け!ワタリ、顔を振れ。手を・・手を出すんだ。

「そりゃ〜しますねぇ。ところで(おじさんのカゴを指差して)何買われるんですか?」
全力で話題を逸らす。眼の前にあるものを使い、質問を繰り出す。これもまた、即興力だ!(と、自分に言い聞かせる)

しかし、おじさんのカゴの中には、たった一つ。
刺し身のパックが入っているだけだった。

「これ? カツオだよ。いや〜しかし、イイ女だねぇ」

すごい。アイドリングがまったくない。会話に「遊び」がなく、一気に自分の得意な話題(というか、さっきの話題)に引き戻すこの剛腕。
見えない角度からのアッパー。もろに食らった。もう・・・ダメだ・・・。

その時、天使の声が響いた。
「お次でお待ちの方どうぞー!」
レジがあいた!

「あ、空きましたよ!」
ワタリがそう言うと、おじさんは「おっと」という感じで、サササッとレジへと移動していった。

おじさんからのロックオンが、ついに解かれた…。
ふぅ、と息をつき、「いやぁ、面白い体験だったなぁ」なんて思おうとした、その瞬間。

目の前に、再びおじさんが立っていた。
(え、なんで!?)

「俺もね、2年後に結婚するかもなんだよ」

……2年後? なんで2年後? ていうか、さっきの50年は一体なんだったんだ? もう、ツッコミが追いつかない。

「え? 誰と?」(もはや完全にタメ口)

おじさんは、ニヤリと笑って言った。

「誰? セブンイレブンの女だよ」

膝から崩れ落ちそうになった。
情報量が多すぎる。そして、面白すぎる。

「セ、セブン!? どこの?」(もうワタリも、なんでそんなこと聞いてるのか自分でも分かってない)

「長浜の。いい女なんだよ!」

長浜がどこの地区なのか、ワタリには皆目見当もつかない。
でも、おじさんの口ぶりからは「みんな知ってるでしょ、あの長浜だよ」感がひしひしと伝わってくる。
だからワタリは、あたかも「あ〜、あの有名な長浜のセブンね!」と知っているかのような顔で頷いておいた。

おじさんは、満足そうにニッカリと笑うと、今度こそ本当にレジに戻り、カツオの刺し身の支払いを済ませていった。

きっとあのカツオは、今夜のお酒の肴なんだろうな。うん、いいじゃないか。

最初は強烈なキャラクターに警戒しまくっていたけれど、よくよく思い返せば、おじさんは終始笑顔で、人を不快にさせるようなことは一つも言わなかった。
なんだかんだで、あのおじさんの幸せを、今は心から願っている自分がいる。

いなげや、恐るべし。
そして、人間って、やっぱり面白い。

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