自分にピタッときてる言葉で喋りたいし書いていたい

最近の暴飲からか、週末は身体が重かったワタリです。
そんな1月がもう半分も過ぎようとしているってね・・!早すぎる!まだ1/3くらいでいて!

ブログなんだけど、ほぼ毎日書いてるおかげか(土日はお休みってことにしたよ)、少しずつ自分の言葉で(自分の好きな、または自分の納得のいく文体で)書けてる感じがして嬉しい。

自分の言葉と書いたが、はて、それはいったいどういうことなんだろう?と考える。
「本当の自分?そんなものはないよ」なんてどこで読んだだろう考え方を感覚として
「そうだよね」って信じてるところがあるから、自分らしい言葉って言ってるのもなんだかくすぐったいのだけど、
少なからず今の自分にマッチしている言葉や文章があって、それを世に出すときにOKってやってる自分がいる。
その今の自分にあっている言葉っていうのがものすごく大事だなと思っている。

実感を伴っていない言葉は身になっていない。身になっていないのに、使うと気持ち良い感じがするから危ないのよね。

そもそも言葉自体が誰かが発明した借り物なのに、それを自分のものにしないまま使ってるのは、サイズの合ってない服を気づかずに着てるみたいなもので、ちょっと恥ずかしい。

だからできるだけ自分の中にある言葉で話ししたいし、書いていたい。

そのためにたくさん「自分にあってない」言葉を出して「あ、これ気持ち悪い!」って違和感を見つけていく。
その連続なのだわな。

その積み重ねによって言葉も文章も磨かれていくんだと思う。

その中で高頻度で「この文体が好き」とか「ぴったりくる」があり、またその文体が好きな人がいて、どんどんその文体に磨きをかけていく。

ダンスで言えば色々なスタイルがあってさ、例えばヒップホップがなんとなく好きで始めて、人に喜ばれたり褒められたりして、それを続けていくうちに自分を表現するツールとしてヒップホップがぴったり合ってくる。
その人が急にジャズをやったらそれはそれで味があるのかもしれないけど。もうヒップホップまでの高みにまではいけない。

あ、この「他の表現も考えたけど、この高みまではもう到達できない」っていう考え方・・誰だっけな。
服部文祥さんだったかな。この文章を読んだときに「本当にそうだ。時間は有限で、ワタリはインプロでやってきたことの極みまでを他の表現ではもう到達できない」と実感したのであった。
いつまで経っても新しいことにチャレンジできることはできるけど、それをどこまでやりたいか?っていうのは考えないといけない。そう考えたら、変に横道にいかず、いま自分のやっていることを自分が思う極みまでやっていきたい。

また表現っていうのは、きっとどんな表現でも良いんだと思う。
表現は「自分の命をこの世にあらわにする」ためのツールなんだと今のワタリは思ってる。
だから最終的に同じところに到達するような気がするから、表現を何にすべきか?にもし悩んでいるとしたら
とにかくやってみな、ってことをオススメする。

そして「あ!これだ!」って決めたらば、たくさん失敗しながら磨いていったらいいんだ。
この世をおもいっきり楽しんだら良いって今のワタリは解釈している。

話がちょいズレました。(※ズレたまま結構進んだ)

そういう意味では文章を書くっていうのは果てしなく奥深く、そして一生学べるステキな道だと思う。

即興でセリフを良う人間として言葉を学ぶのは必須案件!
なので今年はより頑張って言葉を紡いでいこうと思っております。
ここまで読んでくれたあなたに今日もステキなことが起きますように。

⬇️渡猛のコミュニケーションワークショップ情報。都内(世田谷)にて継続開催して18年目。どなたでも参加できます!⬇️

 

 

⬇️渡猛が企画したり出演したりするインプロ(即興劇)ライブ情報はこちら⬇️

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次