自分はどこにいて何をしているのか?

自分のやっていることが相手にどんな影響があるのか確認する。それをどこまで細かいレベルでやっているのか?

共演者に良い時間を与えるために関わって、少しでも気持ちが落ちたり、居心地が悪かったら手を叩いて知らせるワークがある。

観ている側は「演じている人がもうすぐ手を叩くぞ」というのが分かる。しかし、手を叩かれる側は手を叩かれるまで気づかないことが多い。

「相手に手を叩かれるまで、気づいていない」ということをどこまで身体に落とし込むか?手を叩かれたとてそれがいったいどういうことなのか?自分が何を感じているのか見ない、考えない人もいる。同じワークでも気づきの段階が何層もある。

相手と向かい合い、今自分がどんな感情や状況になっているのか言い合うワークがある。
参加者が「不安もあったけど、深刻になさず、楽しいの中でやれた。それは不思議な感覚だった」という感想をシェアしてくれた。楽しいの中でやっていくことはとても大事。

また、それを超えた、楽しいということも意図しなくなった世界もある。

相手や自分に対するレッテルが外れて、相手との境目がなくなる感覚。相手と対立せず違和感がないところ。

いずれにせよ、一緒に楽しいも、それを超えたところにある感覚も、自分の世界に閉じこもっていては体験できない。自分の面白さだけを考えたり、自分を守ることで一生懸命になったり、自分の部屋の中から周りを観察して評価していては味わえない世界。

どう在りたくてどう取り組んでいるのか?

それが人間関係に反映されている。
それが今の自分。全部自分で決めている。
そのことに気づいていき、修正したりチャレンジしたりする。
そんな場所でもある。

最後に参加して2回目の人が素晴らしいシーンを展開した。
終わった後もそのシーンの話しで盛り上がる。
「桜吹雪」がキーワードのシーン。
稽古場を出ると強い風。桜吹雪が起きた。
ご褒美みたいな瞬間。


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