起きた瞬間バーっとやってきた言葉をメモったら、自分への戒めに繋がったからブログ行き

フォローのつもりがなあなあになっている。
それは良い空気でなく「どうでも良い空気」になっている。
選択肢を増やす、可能性を広げる。いっけん良さそうな言葉。しかし「何のためにそうしているか?」次第で良くも悪くもなる。
「できなくても良い」が「だからチャレンジする」に繋がっているのか。
「できなくても良い」が「できない自分を直視しなくて良い」になっているのか。
後者であれば逃げの口実にしかならない。
「何でも良い」は「どうでも良い」に転じやすい。逃げ道を作ってる。
制限があって、ぜったいにこうでないとダメという中でやるから精密さや自分の癖が見えてくる。
「できなくても、それも面白いよね」っていうことで思考停止している。
どんなにつまらないものでも、それを「面白い」って言う人はいる。
そんな中でやるのであれば、誰でも良い。
例えば、僕は即興コメディをプロでやっていて、その人の言葉をその他大勢の1つとして参考程度にしか聞けないのであれば今すぐワタリを外したほうが良い。
仲良しこよしのメンバーでやっていた方がよほど良い。
ファシリテーターってのは参加してる人たちが意見を言いやすく回していくことなのであれば、ワタリは違うのかもしれない。
自分の名刺には「コーチ」と書いている。
コーチはあなたが行きたいところにつれていく。
それはあなたの行きやすいところにつれていくのではなく、あなたがまた到達していないところ、チャレンジしないと行きつけないところへ行けるようにサポートする。
だからワタリだけの力でいくことはできない。その人の情熱が当たり前に必要。
情熱で動くのではなく、承認で人を巻き込む人が(それも無自覚に)どれほど多いか。
いや、まてまて、多いのは、あくまでワタリが今いる世界の話だ。
つまり、そういう現場も良しとしている自分が作り出している現実なのだ。その現実が嫌ならば周りのせいにせずに自分から動き出す。これしかないのだ。

なんてことを起きた瞬間(もしかして起きる前から)にバーーってやってくる。
起きた時からじゃっかん疲れてるw

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