自分の癖をしり、お肉を焼く

今日はリアルワーク。
人数がすくないが開催することに決めた。
常連と、久しぶりに参加する人。

休憩時に「情熱をもって何かをしたことがない」という話しになった。

それが良いか悪いか?
いっけん、情熱がある人のほうが良い感じにみえる。でも、それはその人による。
話しを聞いていくと「情熱をもってなにをやっている人にいいな~という気持ちはある。コンプレックスみたいなものもある」という。

しかし、完全に情熱たっぷりに生きたいというわけでもない。そにかく空を見上げているだけでも充実しているという。

じゃあそれでいいじゃないか?となる。

「できたらいいよね~」とか「こうしないとダメなのかな~?」というものでは何も自分は行動しない。

本当に必要な時、ひとは動く。

「情熱をもって」とか「好きなことをして」とか「楽しんでないと」とか。
誰かが決めた「答え」「正しさ」に支配されていると「心から動く」ではなく「やらないとダメよね・・?」という世界にはいってしまう。

その考えをまるで自分の考えのようにもってしまっていて、余計に「自分の本当」がわからなくなる。

対話をしていて、そういう言葉に違和感を感じるようになった。だからこそ「その考えや言葉はどこからでてきた?」と質問することができるようになった。
そうやって掘り下げていくことで、その人の「何か」にぶつかる。
そういう時間がとても好きだ。

自分が「やりたい」ことが見つかったらとことんやったらいいし、見つかっていないのであれば「今やっていることを好きになり情熱を注げる自分になればいい」そんな話し。

実際に行動しているとき「自分は何がすきなんだろう?」「自分が情熱的にやれることはなんだろう?」という暇な考えもなくなる。

目の前のことに一生懸命にやっていった先。そこに本当の発展があるとおもう。

ということを最近ワークをしていてよく考えます。

良いか悪いかはその人による。

その人が感じたこと。それが良いか悪いかはこっちでは判断できない。

その人の目的、どう生きたいかによって変わるからだ。

例えば「水を飲む」ことだって減量中のボクサーからしたら「いけないこと」になるのだ。

良いか悪いかはその人の目的による。

だけど、自分の目的が明確にある人はいいが、そうじゃない人は、たくさんの「良い悪い」の情報があってそこに頭が汚染されている。

だから目的にたどり着く前に自分の感覚でなく「誰かが作り出した『常識』」で物事をみてしまい自分の「本当のところ」はなにを考えていて、何を感じていて、どうしたいか?に気づけなかったりする。

例えばなにかゲームをしていたとして「ちゃんとルール通りにやらないとダメ」ということに汚染されていると、自分が楽しむとか、本当にそれをやりたいのか?などといったことよりも、とにかくルールを!守らないとダメ!ばか!となってしまっている。
さらにはそんな状態になっていることを本人はなかなか気づけないでいる。

ワークではそんな自分の思考の癖に気づいていくような時間になる。

自分を苦しめていたり、制限したりしている自分を知り、改めて「で?どうする?」と問う。
それで「ルールを守りたい!」だったら良いのだ。
良いか悪いはその人にしか分からない。
だからワタリはより突っ込んできいていく。

「いまのどうだった?」と。

ワタリも武道を経験してより思ったことだけど、情熱を燃やさなくても生きていける時代。
身の危険も感じない。
生きることに困らない。
本能を起動しなくても生きていける。

それがゆえに退化した「感覚」がある。(それが退化と感じるのも主観なのかもしれないけど)

いま、ワタリはその失われた感覚を蘇らせ、研ぎ澄ましたいと考えている。

今日は鹿肉を食べました。さいきんジビエづいている。
とにかく血肉にかえて臨みます。ありがたい。

寝ぼけながら書いてるから同じようなことを2回言っているというw

写真は今週27日土曜日に開催する「愛媛をヒトリワタリ」の会場。楽しみ。

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ABOUTこの記事をかいた人

即興遊戯者/インプロバイザー・渡猛(Takehi Watari) 奄美大島生まれ兵庫県育ち。 即興芝居×即興コメディ=即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を全国展開中。 ブロードウェイで最もロングランした1人芝居「Defending The Caveman」を初アジアバージョンとしてハリウッドキャスティングディレクター奈良橋陽子監修のもと、2年間公演を行い好評を得る。 即興(インプロ)ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。 大学や企業でも即興ワークショップを通して「この瞬間を目一杯感じて、自分を愛し、無我夢中に遊びあい、交ざりあい、笑いあう人間関係を育む場」を提供している。 京都精華大学非常勤講師。