面倒くさいことが減る?「自分を分ける」こと

「自分を分ける」ことをしている。もはやブームといっても良いくらい試してる。

どういうことか?というと、自分の中にいろんな自分がおりますよね。

「役者としてのワタリ」「喋り手としてのワタリ」「ウクレレ弾きのワタリ」「講師としてのワタリ」などなど。あげたらかなりの数いると思うんです。

で、何かをやろうとするときに、それに合っていない自分が出ているとうまくいきにくいし、ややこしくなるということに気がついたんです。

例えば「ブログを書く」ときに「ウクレレ弾きたい」ワタリがいるともうめちゃ邪魔。
書いてるそばからウクレレのこと気になって仕方ない。
で、最終的に書くことを一旦やめてウクレレ触りだす始末。

例えば「広報を考えている」ときに「プレイヤーワタリ」がいると「いや〜どれも大変!そしてとくにやりたくない!」となって全然進まない。

ちゃんと今やろうとしていることに合ったワタリを出す。

え?めっちゃ当たり前?そうなの。当たり前なの。
でも時々慣れていないことや苦手と思っていることをやるときに、それにあったワタリというよりも、普段よく出してる自分で臨んでいることがあるなって思ったんです。
そうなるとそもそもそれをやりたいワタリじゃない場合「やらなきゃ」ということで取り掛かろうとしてしまうんだよね。
それはすでにストレスなんだよね。そして情熱がないんだわ。

なので、分ける。

「それについて責任持ってやるプロの役」くらいに思い込んでやってみる。

やりはじめて実感しました。これめっちゃくちゃ良い!

ブログも「ライターワタリ」でやるとしっかりやるんです。やってくれるんです。

そのライターワタリの助けになるのは「アウトプッターワタリ」。
日々の日記や思考をPCやノートに書き殴ります。
ライターワタリはそれを参考に書いてくれるんです。

アウトプッターワタリがブログまでやろうとすると心置きなくアウトプットできなかったりしてたんだけど、これだと「あとでライターがやってくれるから」と思いっきり書けます。ああ、とっても良い。

そんでこの考え方、なかなかに応用がききます。

「掃除ワタリ」は面倒くさがらずに掃除やゴミ出しをしてくれるし「表現者ワタリ」は日々のトレーニングをちゃんとやります。

もちろんこれは「ワタリを分けるワタリ」がちゃんと機能していないとできないんだけどね。

もしかしたら即興芝居で即座にいろんな役をやることに慣れているとこれはやりやすいかもしれませんぞ。ぞぞ。

もちろん根っからその作業が嫌いとかであれば限界はあるだろうけどね。

なんて書いてて思った。
そういえば15年ちかくずっと定期的にやっているワークショップのときは間違いなく「ワークをやるワタリ」になっていて、それは何の苦もなくできてる。
それはもう好きとか嫌いとかでもなく自動に。
どれだけの年数、どれだけの回数やってきたのかで、その役に簡単になれるのかもしれません。

こんなこと書いてて「じゃあ全部の役割を1人でやれちゃうってこと?」なんてもうひとりのワタリが言ってきました。いやいや。
もちろん得手不得手あるから、どうにもできない時はそっこう人に頼るのが良いかと思う!

自分を分ける。ぜひ試してみてください。

写真は買ったコーヒーの蓋がなぜか2枚重ねになっていて、それに気づかず飲んだらいきなり2つに分かれて熱々のコーヒーが顎にかかりました。
分かれてほしくないものもあるよね。

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ABOUTこの記事をかいた人

即興遊戯者/インプロバイザー・渡猛(Takehi Watari) 奄美大島生まれ兵庫県育ち。 即興芝居×即興コメディ=即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を全国展開中。 ブロードウェイで最もロングランした1人芝居「Defending The Caveman」を初アジアバージョンとしてハリウッドキャスティングディレクター奈良橋陽子監修のもと、2年間公演を行い好評を得る。 即興(インプロ)ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。 大学や企業でも即興ワークショップを通して「この瞬間を目一杯感じて、自分を愛し、無我夢中に遊びあい、交ざりあい、笑いあう人間関係を育む場」を提供している。 京都精華大学非常勤講師。