【インド旅行記】シルディ・サイババに逢いに行く〜32〜最終話「たしかに、ババが、いる」

インド旅行記とは?
ワタリが2019年に行ったインド・シルディ村での体験を綴った連載もの。

前回までの物語を読み直したい人は「インド旅行記」をクリックしてね。

スペルが違う事件

Uちゃんの体調もひとまず抑えられて、荷物も預けられた。
次は出国審査だ。
係の人にパスポートと搭乗券を見せて、少し話しをする。
ここでの会話もなんだか試されているような緊張感もあって好きだが、なぜか話しもせずにパってみられて終わり。
通過した場所で皆が来るのを待つ。

ここで問題発生。

Eさんの飛行機チケット。名前の綴りが間違っていることが判明。
英語が得意なMさんが色々説明してサポートするも、なんともう一度カウンターで手続きをしてくれっていう話しになった。
それ以外のメンバーは無事に出国審査を終えた。

意外と時間がない。
指定されているゲートに到着しててねっていう時間はあと15分くらいだった。

ワタリは残りの時間をMちゃんと買い物。
ささっと買い物を済ませてゲートに到着。
EさんとMさんは大丈夫だろうか?
心配した奈良さんも行ったっきり帰ってこない。
facebookのメッセンジャーでMさんに現状を送る。
AさんとKさんが奈良さんが心配だってことで迎えにいくことに。

あと15分はギリ大丈夫だろうと思っていたら、めちゃんこ体の大きい係の人が

「東京の人!今すぐ乗らないと!乗せないよ!」

とものすごいプレッシャーかけてきた。

ちょっとまってよ。いまココにいない人たちの荷物も持っていてすぐには移動できないんだ。
なんてことを皆でその係の人に伝える。しかし、係の人はワタリたちが言っていることを無視するように

「他のメンバーの荷物もそのまま置いていけ!乗れないぞ!」

とまくしたてる。
え?軍曹?わたし部下?だったらその圧ありえるけど、そうじゃないよね?

「GO!GO!GO!」

どんなニートでも部屋から出る。
そんな軍曹の圧に負けた。

飛行機の中に入る。

自分の席について、飛行機の入り口を見つめる。
奈良さんと奈良さんを迎えにいったAさんとKさん。
そして飛行機チケットの名前綴りが間違っていたEさんと、それをサポートするために付き合ったMさん。

帰ってこない。

・・え?もしかしてインド出られない?

そんなことある?だって名前間違っていたのもEさんが悪いわけじゃないし、誰も気づかなかったんだし、しかも行きは気づかれてなくて入国できたんだし。それでも飛行機に乗れないってことが起きちゃうのか?

本当にいろんなことがあったこの旅だから、どんなことが起きても全然不思議じゃない。
最後の最後に「インド出られませんでした」っていうことてのか・・?
機内の音が変わる。なんだか動き出しそうな気配になっている。

いつドアが閉まってもおかしくない。
皆で、全員で、日本に帰りたい。
水島!日本に帰ろう!ばりに祈る。(映画「ビルマの竪琴」)

キーンという飛行機の音の中、奈良さんたちが入ってきた。
ギリギリで間に合った!

手を振って迎える。皆は散り散りに自分たちの席に座っていく。
安心したワタリは、ここ数日の書けていなかった日記を書き始めるもすぐに眠気がきた。

そこからのまどろみは凄かった。起きては日記を書いて、また寝て起きて、機内食がきたときはしっかり起きて食べて、で、書いてはまた寝てを繰り返してるうちに本気で寝た。

パって目が覚めてトイレにいこうと身を起こしたらババがいた

そこからずっと寝ていた。
どれくらいの時間が経ったのかいまいちわかっていないけど、急に眼が覚めた。

眼の隅にヒカリがはいり、自然と視線は窓の外に。

え!?

という驚きの感情がやってきた。

雲のじゅうたんの上。真っ青な世界にたった1つの太陽があった。

最初それが太陽だっていうふうに認識するまで数秒かかった。

なんだから良くわからないけど光のかたまりがこっちを見てるみたいな感覚だった。

飛行機の窓はフィルターがついていて綺麗には見れない。
でもその光の強さと優しさがすごくてブワッと涙が出た。

その時間に何人か起きているメンバーもいて、居ても立っても居られないワタリは「外みて!」と伝えた。
なぜだかワタリはけっこうな時間涙が止まらなかった。
間違いなくババだった。

そこからしばらくしてこんどは反対側のMちゃんに呼ばれた。

富士山だった。

遠くのほうだったけど間違いなく富士山。
ここで日本に帰ってきたという実感がやってくる。そうか富士山をみて日本に帰ってきたって思うんだって思った。

飛行機が成田についた

降りて、ゲートを通って、荷物を取って。到着ロビーに出る。
インドへ出発するときに送ってくれたSさんが迎えにきてくれていた。
「ただいま」って言えることが有り難いと感じた。
で、ここでお別れか?というとそうじゃない。

最後にまた振り返りをしようって話になった。最後の最後の最後までシェアをする。

大人数での移動。出発する時にもいった4階のフードコート。
ひとまず場所をとった。
しかし、もっといいところが取れたという。
いってみるとあり得ないことに個室を貸切状態で使えることになった。お店の人がとんでもなく親切だった。
こんなことってある?って。またババのおかげだねって話になった。

最後の振り返り。
涙ながらに話す人もいた。
ワタリも「このメンバーでこれたことに感謝です」と涙がこみ上げそうになった。
 Fくんの「感謝したりお願いした分、自分に返ってくる」という言葉が印象的だった。
1人1人の言葉に耳を傾ける。全員の振り返りが終わった。

そのあとは自由解散。

何人かは帰ったが、Oさんが「寂しいからもう少しだけ一緒にいよ」っていうことで、追加注文。
その後はまた色々話しして、帰りもグズグズになりそうになるほど後ろ髪をひかれたが、帰ると決断。

最後にFくんと

 帰りはMちゃんとバスで東京駅へ。
バスはなんの予約もせずに来たやつに1000円払えば乗れた。
席はMちゃんと後ろ前になったけどずっと話ししてかえった。
東京駅でMちゃんと別れる。

「またね。今度お茶しようね」

ワタリは東京駅をあるいて二重橋前駅へ。そこから自宅がある最寄り駅へ。

最寄り駅にツマミちゃんがきてくれた。お昼を一緒に食べることに。
うどんを食べた。しかも「肉」うどん。
美味しかった。
あっという間に完食。
そっこうで肉を食べる潔さ。

食べる前に祈るワタリに「めっちゃ祈っとるやん」とツマミちゃん。
祈ることが日常になっている。

その後の変化としては、おならがどんどん出る。
インドにいっての驚きの1つとしておならが臭くないっていっていたが2発目になってすでに臭かった。
これはさっきのうどんなのか?
それとも気が抜けて本当に「おなら」になったからだろうか?
それともインドマジックなんだろうか?
不思議だ。

家にかえり、荷物をほどいたり、ゆっくりしたり。
ソファで日記を書いていたらとんでもない眠気。
ベッドで昼寝するつもりで寝て起きたらもう夜の10時だった。

お風呂。口にお湯をいれないようにするシャワーじゃない。ザンザンと浴びれるのも幸せなことだ。

ガネーシャとババを玄関に置いた。

ツマミちゃんはお茶を喜んでいた。
お湯でいれて飲んでみる。美味しい。

たぶんそんなこんなで終わる。

インド旅もここで終わる。

でも、ババが、たしかに、いる。

あとがき的な。

2019年10月27日〜11月2日のインドの旅をワタリの完全なる主観にて綴りました。書き上げるまでに2年かかった!途中で「なんのために?」なんて考えがやってきたことは1度や2度ではありませんでした。
でもなぜか、書きたかったし、なんとしてでも書き終えたかったのです。
そんなワタリのわがままを暖かく優しく見守ってくれたり「うん!書いていいよ!」って言ってくれた旅をともにした皆様。そしてこの旅をナビゲートしてくれた奈良さん。Aさん。本当に。本当に感謝です。

次の年からコロナがやってきたことを考えると、本当にあのタイミングじゃなかったらいけなかったと思います。
シルディで経験したいろんなこと、食べたもの、におい、暑さ、裸足で歩いた感覚、尊い犬、チャイ、街の人たちの眼、奈良さんの完全に人のために身を投げて動いた姿。そしてシルディ・サイババ。
その全部が宝物。
また、旅行記を書いているときに、それらを身近に感じられました。

その後、どどーんとわかりやすく大きく人生が変化するとかじゃないけど、人生のいろんな場面で、また考え方の根っこのほうに間違いなく影響があります。2年経った今もババを感じるときがあります。

凍りつくほど静かに、焦げるほど熱く、地面に突っ伏すほどに幸せな体験をありがとうございました。

それでは最後に

サイババーキー!ジェーイ!

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ABOUTこの記事をかいた人

即興遊戯者/インプロバイザー・渡猛(Takehi Watari) 奄美大島生まれ兵庫県育ち。 即興芝居×即興コメディ=即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を全国展開中。 ブロードウェイで最もロングランした1人芝居「Defending The Caveman」を初アジアバージョンとしてハリウッドキャスティングディレクター奈良橋陽子監修のもと、2年間公演を行い好評を得る。 即興(インプロ)ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。 大学や企業でも即興ワークショップを通して「この瞬間を目一杯感じて、自分を愛し、無我夢中に遊びあい、交ざりあい、笑いあう人間関係を育む場」を提供している。 京都精華大学非常勤講師。