【武道ブログ】「相手からきたのを感じてからこう・・」個人的な課題をもって臨むことの違和感について考える

日野武道研究所での稽古にて。

「頭でどうしようかって考えたらあかんで。 相手から来たのを《感じて》『それだったらこうか』っていうことが大事」。

という日野先生の言葉が頭に刻まれる。

即興芝居においても、相手に関係なく自分の課題をもって臨んでいると、そもそも相手からのアクションに純粋に反応することができない。

ワークショップで、取り組んでいるワークに関係なく「課題」をもっている人がいることがある。
それは自転車に乗る練習しているのに、けん玉を手にもっているようなものなんじゃないかと思う。
または
自転車に乗る練習してるのに、発声を意識してやってるような。
「よし!乗るぞ!あ!いい声でた!」みたいな。

と書いていて、自転車だったらまだ良いのかと思った。1人だから。

大前提として即興芝居には相手が必要になる。

となると、例えとしては「あっち向いてホイ」やってるときに発声の音域を気にしてる人みたいな。

「じゃんけんホイ!あっちむい・・・あ、ちょっとまってね・・あーあーあ~!うん、これか・・あ、ごめん、じゃあいくよ!あっち向いてホイ!」

みたいなね。

相手からしたら「いや、こっち向いてよ・・」ってなるよね。
「顔は向いてるけど、片手間でやってるやん。向いてないやん」ってなるよね。

そこで自分はどうだろう?って考える。
自分が即興芝居の稽古をするとき。
「こんな課題でやろう」と《自分の課題》をもったことがない。
もちろん全体として「ここを強化するためのワーク」という課題はあれど、個人的な課題をもって臨んだことは記憶にない。(ただ忘れてるだけって可能性もある)

武道をやっているとつくづく「相手との関係」が土台になっているなぁと感じる。
即興芝居も土台にあるのは相手との「関係」とワタリは思う。

だからまず相手を感じて、そこからこう・・。という日野先生の言葉が沁みたのでした。

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2 件のコメント

  • 自分の課題に意識を向けなくても、
    そういう形で稽古を続けていれば、
    「いつのまにか課題はクリアできていた」ということになるのでしょうか。
    それとも、そもそも課題ということに意識を向けない方が良いということでしょうか。

    • コメントありがとうございます。
      その「課題」によるなと思いました。
      またなにを目的として「即興」や「武道」に取り組んでいるのか?にもよると思います!

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    ABOUTこの記事をかいた人

    即興遊戯者/インプロバイザー・渡猛(Takehi Watari) 奄美大島生まれ兵庫県育ち。 即興芝居×即興コメディ=即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を全国展開中。 ブロードウェイで最もロングランした1人芝居「Defending The Caveman」を初アジアバージョンとしてハリウッドキャスティングディレクター奈良橋陽子監修のもと、2年間公演を行い好評を得る。 即興(インプロ)ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。 大学や企業でも即興ワークショップを通して「この瞬間を目一杯感じて、自分を愛し、無我夢中に遊びあい、交ざりあい、笑いあう人間関係を育む場」を提供している。 京都精華大学非常勤講師。