【W.Sブログ】自分をナメるな

20190421(日)の出来事。

数ヶ月前の日記を遡ってブログを書いている。

この日はそうとう荒ぶった日。

でもワタリにとってそうとう良い経験。

以下は日記より。

Performanceワークショップへ。

最初は5人。後半はさらに1人が入って6人。

2人でシーンをして、そのシーンに対して、見てる人が1〜5までの点数をつける。

ワークは、できるだけ本番に近い環境でプレイするように工夫する。

後半の参加した人は、以前一緒にライブもしたことのある人。そういう人が熱をもって参加すると余計に白熱する。

しかし、それでもなかなか高得点はでない。

それくらい厳しい条件でやっている。

で、高得点がでないから、どうやって4点以上をだしていくのか?

それを自分で考えてやるのが大事だし、このワークの目的でもある。

昼間はずっと1点か2点。

後半は熱がはいって、3点が出た。

それでワタリのスイッチがはいった。

3点が出せるんだっていうことと、

また経験者がきたから、その熱に押されて3点になったということ。

つまりその人がこなかったら、ずっと2点の可能性が高かったということ。

強い人がいたら、その人に良い影響をもらう。

でもそういう人がいなかったら、ずっと2点の世界から脱せない。

もっと自分ごととして、必死になれるのかどうか?

一周するごとに休憩を挟むことにする。

その間なにしてるんだ?が大事。

しかし、見えてこない。工夫が見られない。

表にでてこない。

で、実際もやっぱり見えてこない。

90秒でいかに4点以上を出すか?

今までのやり方で2点以上がでないのに、なんで変えないんだろう?って思う。

また「設定の出し方もあるよね」っていう話しもした。

ただの公園でなく、告白するための公園のほうがよりサークルが狭く出せる。

もちろんただの公園でもそこにいくこともできる。

でもそれができていないから2点どまりなんだ。

なのに、なのに、また同じように設定を自分で出すこともせず同じように「設定ください~」っていう。

もうここでワタリが感情的になる。

全然分からない。

本気でやろうとしていない。

としか思えない。

「舐めてるんですか?」と問う。

ワタリのことも自分のことも舐めてるんですか?と聞く。

そうとうやりづらい空気になる。

でもだからこそ。

最後の振り返り、参加者の1人が「自分のMCのところはどうたったか聞きたい」と言ってきた。

そこでワタリは「どういうふうにやろうとしたのか?」ときく。

そしたら「設定をどうしようか悩んでいて」という。

「その悩んでいる状態に皆の前でなっているのはどうなのか?」ときく。

「いや、だからダメなんでしょうね」という。

「ダメなんでしょうねではなく、あなたがどう思うのか?」だよ。

「うん・・良くないと思います」

ここでまたイライラする。

「こうしよう」って決めて試して、だからこそ検証できるのに、なんで決めてないんだ?なんで迷っているんだ?

「そう思って臨むんですけど、すぐに忘れてしまう・・」とくる。

じゃあ、自分が2秒で忘れるっていうならその自分とどう付き合っていけるか?じゃないか?

手にメモするなり、なんとしてでも自分を諦めない。どうやって完璧でない歪な自分と仲良くなるか?じゃないのか?

なんでそのままにしているのか?

自分を舐めるな。

自分にいい加減な人が他者を大事にできるわけがないだろう。

2秒で忘れてしまう!どうしよう!

と必死になるのならまだいい。

いまはどうにも考えてなくて、決めてもいなくてただただそうなって流れただけだ。

行動した結果を引き取れないような自分でいるな。

それこそ誰のためでもない。

お話にならない。

ダメ出しをする。もう振り返りでなくダメ出し。

PerformanceなのにちっともPerformanceにならない。

何年たっても同じ。

そういうふうに感じる。

もちろん何年もやっていて、「どんどん自分がのがしたのがわかるようになっている」という。

それは間違いなくそう。

ワタリが見誤っているのかもしれない。

でも今日みたいにライブを何年も経験している人がくると、その人は1つ上の段階で見えているし、それを現実にアクションできる人がくると、はっきりと見えてくる。このままじゃ通用しないのだと。

通用ってなにに?

「多くの人が楽しいって思えるプレイヤーに」でもあり、「自分が成りたい自分に」でもある。

で、1番嫌なのは、そのどちらにも向かっていなくて、何にも明確にならないようなワークや、その人の取り組みの仕方がずっと続いていくこと。

それはきっと集団で誤魔化し合って自分のことを見ないようにしているだけ。

それがダメとは全然思わない。そういうのが必要な人もいるし、それでお金儲けしている人もいる。

でもワタリは嫌なんだ。

その今の自分がはっきり見えたときに、そこに対して、どう関わるのか?

そこまで見えてしまったら言い逃れできない。

自分が自分を許さない。

それがやり切る。見切るってこと。

自分を見切るまで見る。

その結果、この道ではななかったと分かれば変えることができる。

また「この道だ!」となれば、その道をさらに追求するば良い。

だから今「できないのがダメ」なのではなく「本当にできるようになりたい!っていう熱があるのかどうか?を知ること。

いまはまだ「つもり」なんだと思う。

本気になったことがないのかな?

だから分からないのかな?

それとも他になにか理由があるのかな?

何しにきてるんだ?

なんてことを言う時間に。

20シーンほどやって4点が出たのは2回。

また本気でやらなくても参加できるPerformanceワークショップにしているのはワタリ。

結局自分に返ってくる。

こういうことの積み重ねで「マツリワタリ」は生まれていった。

だからワタリにとって、何1つ無駄なことはないとも言える。

またこうやって荒ぶることができる関係性を築けているのもありがたいこと。

こんなふうに人と向き合えることは、なかなかないなと思う。

また感謝につながる。


ワタリのワークショップ「ワタリーショップ」は都内で定期開催。
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ABOUTこの記事をかいた人

即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を3年半毎月開催。vol.41を経て全国展開中。 自身が主催する即興ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。他、日本中の大学や企業でも即興ワークショップを通して「今の自分に気づき、見て、大事にする」「他者と失敗を笑い飛ばしながら、喜びの中で関わる」即興体験を提供している。