【観劇ブログ】即興ライブを観に行った。

この日は即興のライブを観に行った。

お客さんとして純粋に楽しむというよりも、プレイヤー目線だったり、コーチ目線でどうしても見てしまうから、かなりエネルギーを使ってしまうんだけど、行くとやはり刺激だったり、気づきがあるから、こういう機会があることは有り難い。

で、やはり観に行けてよかった。

自分にとって観たい!と思うプレイヤーや、良いな〜って思えるプレイの質を再確認できた。

勇気をもって飛び込んで自分の枠を超えたところで芝居して交わるプレイヤー。

自分のやりたいことに固執して、受け入れている風のプレイヤー。

色々見える。

好きなのは前者。

後者は、自分が自覚できる感覚を大事にして、それ以外を上手に避けている。

それが良いとか悪いとかではなく、なんでそういう風になっているんだろう?っていう興味が湧く。

それはやりたい即興の「形」があるんじゃないかと思う。

ここにいる仲間たちとの一瞬一瞬のやり取りよりも大事にしている「形」。

チームとして一丸となって向かっているんではなく、個が勝手に大事にしている。

形がある即興と、そうでない即興が混在しているから余計にそれが違和感として感じられたのかもしれない。

また、その形を大事にしているプレイヤーに対して、それでもここにいる仲間とお客さんのために自分がどうなるか分からない状況に身をおいて、下手とか上手いとかを超えた世界で即興して関わろうとしているプレイヤーも見れたのが嬉しかった。嬉しくなった。感動に近いものがあった。

そういうことを見ていると、自分が実現したい、体現したい、もっとやっていきたい即興があるっていうことに気づく。

形でない。無形のもの。いや、もしかしたら「無形という形」があるのかもしれない。

だから余計に分かりづらく、伝わりづらいのかもしれない。

「のっかる」であり、「交わる」こと。

難しくも、面白い道。

形があるものがどうとか言うのでなく、自分の好きなことをとことんやるだけだと、思う。

終わってツマミちゃんと依田と打ち上げ。

お酒に酔いながら

「自分を表現しようとしている。自己実現なんてことを即興でしようとしている。そんなことしなくていい。アイデンティティなんて持つから、素直に交われない。
ライオンが「俺はライオンだー!」ってライオンのフリしてるような滑稽さがある。
自分のことに必死になっているから固くなる。
一体になるには。
もっと力を抜く必要がある。もっと我を捨てる。負けて参って任せて待つ。という精神。アイデンティティを持とうとしないアイデンティティを持つ。
こだわらないこだわり。」

なんて話がでる。

「ものすごくいい話をしているに違いないね。でも覚えている自信がない」と依田。

もう5時を回っていた。

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ABOUTこの記事をかいた人

渡 猛

即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を3年半毎月開催。vol.41を経て全国展開中。 自身が主催する即興ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。他、日本中の大学や企業でも即興ワークショップを通して「今の自分に気づき、見て、大事にする」「他者と失敗を笑い飛ばしながら、喜びの中で関わる」即興体験を提供している。