「押し付け」と「巻き込む」の違い。

20181219(水)

Basicワークショップ。

イメージの中にいるワーク。

自分が真実味を持ってその場にいる。

イメージしやすいものから入っていく。

また共演者との安心感も大事。

「夢の中にいるみたい」という感想が出た。

即興芝居も芝居もそういうことなんだと思う。

その後、またスムーズにやりとりしてシーンを進めるワーク。

少しずつ少しずつ理解して体現できるようになる。

一組ずつやって、また振り返っての中で、
「押し付けと巻き込みの違いは?」という質問がでた。

その話しが個人的に印象深かった。

自分を押し付けることを恐れているプレイヤーが多い。

それは影響力があったりパワーがあることでもあるんだけど。

押し付けでなくて相手を巻き込んでいって見てる人も巻き込んでいく。

その違いはなに?という質問。

押し付けは、自分の中に「答え」があって、それが正しいと思っていて、相手にそれを意識的でも無意識でも強要している。

巻き込むことは、力強くも相手を入れる余裕がある。

自分で完結せず、相手を動かすくらい影響があって、それが相手にとってどんな影響があるのか確認して、その反応でまた変化して共につくっているのとの違い。

でも自分が「巻き込んでいるのか、押し付けているのか?」って考えながらやっていたらそもそも巻き込むことはできない。

それは相手でなく自分の中を確認することになってしまう。または「押し付けてしまったらどうしよう・・」と、気を使い始めてしまう。

で、押し付けるのが怖くなって、結果、プレイは力強そうなんだけど、自分で完結しているってことになっている。相手に届いていない。

だから「そんなことは気にしなくていい」って言い方にもなる。

押し付けてしまう人は「自分が正しい」と思っている。

「これはこういうもの」「インプロはこうやるもの」と。

それは相手に対して確認ではなく評価をすることになる。

だから交われない。

それはまた自分のやっていることに疑いを持っている人も同じことのように思う。

「これでいい?間違ってないですか?気分を害してないですか?」ってお伺いを立ててしまう。

それもまた相手の自由を奪ってしまう。

答えをもっているのと、答えを相手にゆだねてしまうのと。

そのどちらでもない。ただ、自分で一瞬一瞬やる。眼の前のことに関わる。

そこに「正解」とか「あってるかどうか?」の判断を持ってこない。

判断や評価を持たないようにするにはどうするのか?

好奇心と遊び心と愛でる心。

ってのがキーワードなんだと思う。

それも飛び切りのやつ。他は考えられないくらいにスポットを当てる。

だからそもそもこれが好きで好きで仕方がないっていう情熱の下支えがないと不可能なんだろうなと思う。それはなんでもそうなんだろうなと。

ワタリも答えを持たないから、1つ1つのシーンに対して検証する時間がある。

また参加者からの質問も考えるきっかけになって楽しい。それがまた新しいものを生み出したり、堀り下がる発見になる。

そういうのも含めてあーだこーだするワーク。

スムーズにするのは、心から相手に乗っていないとできない。言葉だけを受け入れてやっていても、それは「心から乗っていないで、相手に合わせてる人。もしくは相手に対して他意がある人」っていうふうになってそれがまた問題になったり、謎になったりする。

見てる人に心から乗っていると思わせれれば良いとも言うけど。

その奥深さを掘り下げていく。

と、このワークを思い出しながら、書いていくんだけど、どうしても「押し付けと巻き込みの違い」のくだりが思い出せなくて、でもその時の自分は「あ、なんかとっても大切なことを言っている!」っていう自分がいて、でもそこに判断とかなく自動で話ししている分、なかなか思い出せなかった。

それを後日、参加者の何人かに聞いたら覚えていなかった。

その質問をした当人に聞いたら覚えていた。それで思い出した。

しかし、他の人にとっては記憶に残っていないという事実がまた興味深い。

聞きたいことしか聞かないということ。

それが大事ではないというより、そのタイミングにいないということ。なんだと思う。

その人達は他のところで色々メモを取り、学びにしている。

それでも拾いきれない場合があるから、ワタリの場合、自分がワークを受ける時は必ずと行っていいほど、録音する。

あとで聞き返すと新しい発見がある。その時の自分にはピンとこなかったことも、あとでズドンと入ってくることがある。

録音。おすすめです。

ワタリもワタリが自動的に言っていることは聞きたいから今度から録音しようと思う。どんだけ自分好きなのか?!って思うけどね。自動的に話ししてる時は自分っていう感じでもないからね。

ただ、自分で録音するとその意識が入ってくるからな〜っていうのもあったんだけどね。

誰かこっそり録音しないかなー。ねー録音しないかなー。弟子もいるけど、最近やってないんだよな〜。弟子が全然弟子のイメージを無視しているって話はまた別で書こうと思う。あ、ワタリには2人弟子がいます。何が弟子で何が師匠なのか?っていう旅もまた面白い。

まぁ、録音したい!って思われてないって言われるともう終わる話。そうか?そうなのか?弟子よ。

だとしたらもう自分1人で弟子と師匠やるよ。

録音するのが習慣になるほど録音して、自分で聞いて「さすがっす!」って持ち上げたり、「あ〜全然論点ズレてるっす!」って時には刺激したりする最高の弟子を自分でやるよ。

最後は弟子に向けて押し付けるという話。

なるほど、関係が縦にある時に「押し付け」が生まれやすいのかもね。


ABOUTこの記事をかいた人

渡 猛

即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を3年半毎月開催。vol.41を経て全国展開中。 自身が主催する即興ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。他、日本中の大学や企業でも即興ワークショップを通して「今の自分に気づき、見て、大事にする」「他者と失敗を笑い飛ばしながら、喜びの中で関わる」即興体験を提供している。