悪。

どんな人だって良い時間を一方的には与えられない。

関係において片方が閉ざしていたら、難しい。

もちろん、大きなチカラ、それは簡単に言えば愛と言うことなのかもしれないけど、そのチカラの大きさによって閉ざしているものを開くことはあるかもしれない。でもそれも最終的には閉ざしている人が開くという選択が必要になる。

自分とそしてパートナーと、その時間を良い時間にできるかどうか?

ワークの中で90秒で即興でシーンをするというのがある。

90秒でちゃんと物語を作らないといけないというものではない。

とにかく90秒間、共演者と心から関わり合うというもの。

だからなんでも良いのである。決まっているのは時間だけ。

この90秒をどんな90秒にするのか?

ただ言われたからやる90秒なのか?

自分の意思で最高の90秒にしようと働きかけるのか?

前者と後者では全く世界が変わる。

同じ90秒。でも全く違う体験となる。

結局自分がどうありたいか?何がしたいのか?である。

だけど、したいことがあって成りたい自分や作りたい環境がある。なのに成した後のことを考えて不安になってしまう人がいる。

その幸せの反動がきて落ち込むんじゃないか?なんてことを考えてしまう。

過去そうなって、またそうなってしまうのを恐れている。

だからほどほどに楽しく、落ちない程度に楽しくしている。

それは悪ではない。結局自分の人生。どう生きるかは自分で選択する。

ただ、悪だなぁと思うのは、自分の人生、自分の欲求や魂から楽しむことを選択もせずただただ恐れの中で生きていることを気づいているのにそのままにしていること。

自分の身体を使って、心を解放して、感情のままに叫んで笑って、魂を震わせていく人生を味あわせてあげない人生に自分からしているのは悪だなぁと思う。

やりたいことがあって、それを実現するために取り組むことがあって、それをするときに問題があるのであれば、それを解決、もしくは解決できなくてもそれを受けとめる状況をどう作れるかを試行錯誤すれば良いのにと思う。

やる前に「その方法をうまくいかなかったら?」なんて考えて、止まるのではなくて。

それをして何になるんだろう?自分は本当にそれがしたいんだろうか?なんてつまらない考えも捨てて。

とにかく身体を動かして頭を使って工夫する。ダメならダメという発見ができて良かったとして、次を考え、試す。そこに取り組み続ける。それだけ。

失敗や傷つくことを恐れていたらシーンは作れない。

人生もそう。いつかエンディングがくる。

その時までどこまでの試行錯誤を繰り返し、自分を使って、自分の楽しい嬉しいを実現しているのか?

生き切ることを体験する。

なんのためにそんなことを?

そっちの方が面白いと感じるから。

上とか下とか正解とか間違いとかじゃなく、一番はそれ。

この世を思いっきり楽しむために。

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ABOUTこの記事をかいた人

即興遊戯者/インプロバイザー・渡猛(Takehi Watari) 奄美大島生まれ兵庫県育ち。 即興芝居×即興コメディ=即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を全国展開中。 ブロードウェイで最もロングランした1人芝居「Defending The Caveman」を初アジアバージョンとしてハリウッドキャスティングディレクター奈良橋陽子監修のもと、2年間公演を行い好評を得る。 即興(インプロ)ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。 大学や企業でも即興ワークショップを通して「この瞬間を目一杯感じて、自分を愛し、無我夢中に遊びあい、交ざりあい、笑いあう人間関係を育む場」を提供している。 京都精華大学非常勤講師。