ワークショップの形。

「『ワタリさんのワークショップは即興だけでなく表現者の根本を指導してくれるから行ったほうが良い』と言われて来たらその通りでした。これて良かったです」

ワークショップに参加した生徒の言葉。

確かに。と思う。

即興ワークショップと言ってはいるし、もちろんやることは即興なのだけど、いわゆる即興のために即興をしてはいない。

人間としてヒトとして、自然になれるか、本質であれるか。その人間が即興的に他者と呼応して、遊戯するには?

その追求や探究にために、即興というツールを使っている。

だから、ワークの中でゲームがどうとかルールがどうとかスタイルがどうとかいう話はほとんど出てこない。もちろん必要な時はあるから、それはその時ガッツリやる。とれも稀だけど。

何年か前に広報のプロの人がワークを受けていてその人が「ワタリさんのワークは売りづらいですね。カリキュラムや流れといった形がないから、なんとも人に伝えづらい」ということを言われたのを思い出した。

集まった人によって、その瞬間瞬間の空気によってワークも変わっていく。

それで良いんだと思う。もちろんその伝わり辛いものに甘えずに、それでも必要な人にコンタクトできるようにやれることをやり続けながら。

形や答えがない分、試行錯誤する。試す。また考える。その繰り返し。

その連続の結果、根本とか本質とか言われるようになっている。

ただ、ワタリ自身は根本を扱うぞー!なんて思ってワークをしていない。

扱うぞー!!なんて思っていたら扱えない。

ただただ、その時、参加してくれている人たちと向き合って、その瞬間感じたことを出したり引いたりして、より素敵だったり面白かったりするところに進んでいるだけ。

今、やれることを徹底的にやる。

それだけ。それだけでしかない。

そんなワークショップだから継続して参加してくれている人がいたり、今回みたく勧めてくれる人がいることは本当に有り難い。

出たり入ったり戻ってきたり卒業したりしながら、色んな人間の魂が交差する。それが途切れずに10年間経っている。

インプロワークショップとしてスタートして、たくさんの人と向かい合って、呼応して、いつしかワタリーショップと言われはじめて、ワタリ自身ゆっくりと本質に向かっていったんだと思う。

どうすれば自分が自然に動くのか?

自然の一部として動かされていくのか?

自然から遠く離れたところで小さい自分を誇示して主張していたら、いつまでたっても自分という枠の中。いや、これが自分と思っている妄想の中。交われず繋がれず。一人。私とあなた。という別れた世界。

それにまず気づけるか?

その自分と向かい合えるか?

そのうえで、今日一緒にいる人達でどうやって関わり合うのか?自然に発生し、動きあえるのか?

自分で、皆で、身体で考え、工夫していく。

苦しかったり辛かったりする瞬間も多々ある。

ただ、その全てを楽しい嬉しいの中でやることも大事。

そんなことを問いかけ続けるワークだから、いよいよ売りづらいのかもしれない。

ただ、間違いなくゆっくり広まっている。

ブームにはならない。ブームにしない。

そう思っている。

今日はこれから広島でワークショップ。

良い瞬間を味わおう。

ABOUTこの記事をかいた人

即興遊戯者/インプロバイザー・渡猛(Takehi Watari) 奄美大島生まれ兵庫県育ち。 即興芝居×即興コメディ=即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を全国展開中。 ブロードウェイで最もロングランした1人芝居「Defending The Caveman」を初アジアバージョンとしてハリウッドキャスティングディレクター奈良橋陽子監修のもと、2年間公演を行い好評を得る。 即興(インプロ)ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。 大学や企業でも即興ワークショップを通して「この瞬間を目一杯感じて、自分を愛し、無我夢中に遊びあい、交ざりあい、笑いあう人間関係を育む場」を提供している。 京都精華大学非常勤講師。