唯一無二の自分を知る。「正当化」と「処理」の違い

先日のワタリーショップ。

久しぶりのメンバーも参加。一番若くて16歳もきた。

一組ずつのシーン。楽しかった。

相手の言動に浅はかに乗らない。自分として納得していないのに、それに乗ろうとする。そのための正当化をしたりする。それは正当化でなく処理。妥協ともいう。唯一無二の自分や相手の感じることをないがしろにしない。それを気づいていく。使っていく。そのために正当化がある。その正当化にこだわる。それができるともっと自分や相手の想定外を楽しむことができる。全てをないがしろにしなくなる。

自分をないがしろにしないから相手もないがしろにしないことになる。

相手や自分に全身全霊で乗るから空間が満ちる。ギュッとしまる。そうするとアイデア重視でなくなる。アイデアはたくさんはいらない。その必要もない。

またそのアイデアを浸透させる身体づくりもとっても必要。

言ったことや言われたことを解釈や理解の箱にいれずに「感じる」「表現する」ほうに。
「感じる」を磨いていくから、すぐに浸透し遊戯できる状態になる。

じゃあどうやったら磨けるのか?そのためには?を自分で真剣に考える必要が当たり前だけど、ある。

あるワークが終わって、参加者が「しんどかった」と言う。

そういう経験をいかにするか。

それが経験できたら「そうならないためにどうできるか?」と考えられる。

工夫していくこと。自分を知ること。

また、心から楽しかったことも同様に大事。じゃあそれをもっとたくさん実現するためにはどうできるか?を考えることができる。

素直に反応していくこと。それが唯一無二。良いとか悪いとかでない。自分が感じたこと。それはもしかしたら理想とかけ離れていて自分ではがっかりすることかもしれない。でもその自分を受け入れていかないと、規制が入る。良いものしか出さないように自分で自分を取り締まる。だから当然自分の枠を出ていかない。そこを外していくから、がっかりすることもあるかもしれないけど、その自分を許し、笑い、またびっくりするくらい凄いこともやる自分とも出逢えるんだ。そういうことを見ることができた時間。

ただただ自然に、そのままで。それは今の自分でいいや!っていう限りなく過去のものではなく、今起きていることの全部、過去も今も未来も、自分にとって不都合だったり下手こきそうなことも含めての全部だし、これからどんどん変化していくことを含めての「自然」で「そのまま」の自分を認める。

その自分だから遊ぶことができる。

即興で遊戯できる。

自分を全部受け入れるための修行の場。

爆笑しながらそれをやる。


ワタリのワークショップ「ワタリーショップ」は都内で定期開催。
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渡猛が共同主宰している即興チーム「ロクディム」が結成10周年!日本全国を縦断するRAINBOW TOUR2018が開催中!
次回は宮城・仙台ライブ!詳細はこちら→https://6dim.com/2018/10/live-85/

ABOUTこの記事をかいた人

渡 猛

即興エンターテイメント集団「ロクディム」共同主宰。 即興で演じ、歌い、踊る1人芝居ライブ「ヒトリワタリ」を3年半毎月開催。vol.41を経て全国展開中。 自身が主催する即興ワークショップ「ワタリーショップ」を都内で定期開催。他、日本中の大学や企業でも即興ワークショップを通して「今の自分に気づき、見て、大事にする」「他者と失敗を笑い飛ばしながら、喜びの中で関わる」即興体験を提供している。